そう言えば、私も、オーディオブックに関しては、食わず嫌いというか、「嫌いにも達していない」感があり、それはそれで、「見下している感じ」というか、そう取られても仕方がない雰囲気に、つながっているような気もしますね。
別に、紙の本(や電子書籍)の方が「優れている」と思っているわけでもないのですが、個人的には、なんとなく「ノットイコール」な印象を持っていました。
比較すると、紙の本と電子書籍は、かなり近いため、相対的に、そう感じやすい、ということなのかもしれません。
紙の本 ≒ 電子書籍 ≠ オーディオブック
それぞれ、違ったメリットを持っている、と考えていますが、その上で、オーディオブックは、比較的、距離が(良し悪しではなく)遠い、と思うわけです。
とは言え、実際に体験してみると、より「ニアリーイコール」に近づいていくのではないか?と、今から予想していたりもします。
本来、「文章」としてだけで捉えれば、「全く同じ内容」のはずですからね。
当たり前のことのようでもありますが、例えば、「小説」が「映画化」された場合との違いを考えると、分かりやすいかもしれません。
原作と脚本は、あえて「文字情報」として照らし合わせた場合、言い回しさえ変えずに採用されたセリフを除けば、かなり異なっていることでしょう。
というより、単に、尺の都合などで「カット」される部分も多いかと思いますが、そもそも、映像には、映像なりの「伝え方」がある。
対して、オーディオブックは、「原作に忠実」どころではなく、「文章」としては「そのまま」と言っていい。
さて、だとすれば、なぜ、「電子書籍化」に比べて、「オーディオブック化」は、そんなに「遠く」感じてしまうのでしょうか?
ここで、「漫画」が「アニメ化」されるケースとも、比較してみたいと思います。
なんとなく、「小説」の「映画化」よりは、「オーディオブック化」と、近いような気がしませんかね?
もちろん、驚くほど(原作漫画に)忠実に「アニメ化」されたとすれば、ですが。
実際には、モノによります。
最近では、『黄泉のツガイ』を「アニメでも」観ているのですが、漫画を読んだ時と比較して、何かが「カット」されているような印象は、あまりありません。
と言っても、それだって、あくまでも相対的なものであり、例えば、『左ききのエレン』は、アニメを観たせいで、原作を全て読み返さざるを得ない状況に追い込まれましたが、それはそれとして、これ以上ないほどに、素晴らしいアニメ化でした。
むしろ、映像作品の場合は、「動き」があり、効果音や音楽、視覚効果なども付与されているので、情報が「増えている」面も大きいと思いますが、
ともあれ、オーディオブックとの共通点だけを挙げるとすれば、「文章」を「読む」のではなく、「音声」が「聞こえる」体験に「変換」されている、というのは、かなり重要なポイントとなってくるでしょう。
まさに、その点を「重く」捉える人ほど、紙の本(や電子書籍)と、オーディオブックとの間に「差異」を感じやすい、のかもしれません。
特筆すべきは、「声」という「情報が増えている」点と、自動的に進んでいくことによって「受動性が増している」という点で、
二点目は、「静的」なものから「動的」なものに変わっているとも言えますし、話が進む「速度」において、「演出が加えられている」とも表現できます。
まず、「声」で表現することにより、ある意味「情報が増えている」という点については、言わずもがなですが、実は、「アニメ化」と同じような感覚で、私も、大いに期待している部分だったりして。
特に小説などは顕著で、オーディオブックは迫力が違います。文字を読む場合は、どうしても読み手のイマジネーションが作品の受容に強い影響を与えるわけですが(だから疲れ切っていると読めない)、声で作品形成が補完されると、ぐっと想像しやすくなる。
まぁ、その是非についても、実際に体験してみてから、改めて、感想を語りたいと思っているのですが、
いちばん気になるのは、やはり、その受容の「速度」や「順序」を、受け手がどこまで(容易に)制御できるか?という観点から見た時の「違い」ですよね。
そういう意味では、紙の本と電子書籍でも、割と異なっていると言えます。
ただし、ここで、注意が必要なのは、必ずしも「制御できた方が良い」とも限らない、ということでしょう。
ちなみに、冒頭で挙げた記事で、焦点となっていたのは、主に「ながら聞き」についてであり、「シングルタスク信仰」に疑問を呈するのも、たいへん面白い試みで、
あと、ここで一度、立ち止まって考えてみたいのは、シングルタスクで集中することだけが、そんなにも偉いことなのか、と。
「ひとつのことに全集中」って無条件に肯定されがちな行為だけれど、それって本当に…?って思ってしまう。
よりカジュアルな「読み方」を許容していくのであれば、「映画を早送りで観る」ことなどとも比較して考えてみたい、と思わされましたし、
また、二つ目の記事の中では、紙の本で読んだ方が「速い」という側面に関して、むしろ、ゆっくり(でも)読めることの意義が、指摘されていました。
読書という行為の特徴の一つとして挙げられるのが「自分の任意のスピードで読める」ということです。ある部分は素早く読み進め、別の部分はものすごくゆっくり読み進める。いや、進めるだけでなく、ときに戻る。
たとえば私は本を読んでいて気になった箇所があったら、赤線を引き、そこでしばしば考え込むことがあります。自分の脳内を探索し、場合によってはそこまで読んできた箇所を逆向きに辿っていく。
それについては、個人的にも、かなり共感しているところなのですが、
逆に、オーディオブックの方が「集中しやすい」場面や、強制的に「ゆっくりできる」ことも、それはそれで、あり得るのではないか?と思ったりもするんですよね。
個人差はあるにせよ、人の「声」がすると、聞き耳を立てるとまでは言わなくとも、注意をひかれてしまうものですし、流れていくからこそ、「聞き逃さないようにしよう」という気持ちも強くなります。
その上で、仮に「聞き逃した」としても、別段、焦らず、今は「身を任せて」続きを聞いているだけでいい、と「割り切りやすい」ということもあります。
もちろん、ポッドキャストなどを聞いている時には、思考が逸れて、ちょっと聞き逃したなと思ったら、少し前に戻って、聞き直したりすることもありますが、
例えば、映画やアニメを見ている時に、同じことをするか?というと、人によるとは思いますが、少なくとも、私の場合は、ほとんどしません。
それは、おそらく、流れが「途切れない」という点を、一つの「体験」として、かなり重視しているタイプだからで、
もし、その傾向が、オーディオブックにも適用されるのであれば、あるいは、「速度」や「順序」を「制御できない」からこその価値もある、ということになってくるのではないでしょうか?
特に、本(文章)を読んでいると、いちいち細かいところに引っ掛かりまくって、思考も「脱線」しやすく、一向に話が先へ進まない!という人ほど、この違いは大きいのではないかと思います。
そして、当然ながら、「速読」とかいって、急いで読もうとする必要もないので、読むのが速い人の場合は、案外、その方が「くつろげる」可能性もある。
とは言え、もしかすると、お察しの通りかもしれませんが、ここまでは、あえて、その対象を「小説」に絞って、語ってきました。
つまり、「実用書」や「専門書」などに関しては、その限りではないかもしれない。
その手の本を読む際には、「脱線」も含め、「立ち止まって考える」ことの重要性が桁外れというか、それこそが「本質」だと言っても、過言ではないくらいですからね。
厳密には、小説だって、そういう読み方をする時もあると思いますが。
しかし、そういう本は、そういう本で、上述したのとは異なる理由により、オーディオブックで「聞く」と良さそうな面があるのもまた、確かです。
要するに、その辺も、区別して整理していった方が、分かりやすいかもしれません。
まぁ、実際に「経験」を積まないことには、判断しかねる部分も多いのですが、
例えば、効率が悪いのは分かっているんだけど、本を読む時には、どうしても「隅々まで」読み込まないと気が済まないんだ!という人は、
とりあえず、オーディオブックで、一通り聞いて「満足」してから、特に気になったところがあれば、改めて、紙の本で「読み直す」というのは、どうでしょうか?
いや、電子書籍で読んだ後に、紙でも欲しくなって買うことがあるように、よりカジュアルに「聞いた」後で、文字でも読みたくなったら「読む」といったパターンの方が、一般的には、多そうですが。
いずれにせよ、私には、結構、向いている気がしています。
さらに、これは、小説などでも同様ですが、
昔、読んだことのある本を「再読」する代わりに、オーディオブックで「聞いて」みると、また違った発見があるかもしれませんし、そうでなければ、そもそも、読み返す機会を逸していた、というケースも、珍しくはないかもしれません。
そういう意味では、かなり「良い機会」にもなりそうで、実は、それだけでも、歓迎されて然るべき「選択肢」と言えるのではないでしょうか?
というわけで、私も、そろそろ、オーディオブックに手を出そうと思っている(上の二つの記事を読んで、思い出させてもらった)という話でした。
自分でも色々と調べてみるつもりですが、特に「この作品は是非、オーディオブックで(も)聞くべき!」みたいな本があれば、教えてもらえると助かります。
ともあれ、本記事は、その比較のために書いたところも大きいのですが、実際に体験してみた後で、どう印象が変わるのかも、楽しみですね。



また、一つの自己分析としては、私は、ある意味、オーディオブックの方が「集中を要する」もので、制御できないからこそ、考え過ぎず、時間的にではなく、気持ち的に「ゆっくり味わう」ためのものだと捉えている感じもありますね。
これは、普通に読むと「考え過ぎてしまう」タイプの人間だから、なのでしょうか?
味わうというのは、メモを取りながら「じっくり読む」のとも、また異なる意味合いを表現しているわけですが、だからこそ、今まで、オーディオブック入門を「先送り」していたのだとすれば、個人的には、「見下している」どころか、むしろ、逆の印象を抱いていた、と言ってもいいかもしれません。
逆に、文字だと(良くも悪くも)読み飛ばしがちになるという場合、オーディオブックなら、ある意味、隅々まで「読める」ため、新たな発見が得られやすい、ということもあるんでしょうかね?
まぁ、読み飛ばしたつもりはなくても、どれだけ記憶に残るかは、また別の話なので、いずれにせよ「再読」の効果は大きい、と言えばいいだけなのかもしれませんが。